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名古屋地方裁判所 昭和59年(ワ)2377号 判決 1985年10月28日

原告

北岡宜親

右訴訟代理人

米澤保

被告

常滑市

右代表者市長

庭瀬健太郎

右訴訟代理人

石原金三

塩見渉

花村淑郁

久田勝彦

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

理由

一請求原因1の事実は当事者間に争いがない。

二請求原因2の事実につき判断するに、<証拠>を総合すれば以下の事実を認めることができる。

1  原告は昭和五二年一〇月中旬ころ、常滑市においてなしていた陶器業の資金調達のため、愛知県商工業振興融資制度による融資を受けるべく、被告の市役所経済部商工課窓口でその申込をなしたところ、訴外長谷川が右申込を受け付け、同訴外人は当日午後、原告より申請上の必要事項を聴取して必要書類を整えた上原告に対し、一カ月程後に訴外信用保証協会から保証の旨の通知が来るから、それを訴外中京相互銀行に持つてゆけば融資を受けられる旨伝えた。

2  ところがその一週間位後の同年一〇月二六日ころ、訴外長谷川は訴外信用保証協会において原告宛の保証通知の葉書きを受領して被告市役所へ帰り、原告にその旨架電し原告を呼び出したので、原告は商工課窓口へ赴いたところ、訴外長谷川は原告を一階ロビーの所へ連れ出したうえ、「北岡さん、この金は一一月二〇日ごろ入用だつたね。実は僕がもう一口県の保証で頼まれた書類を提出するのを忘れて遅れてしまつた。これもあと一週間か一〇日もすれば確実におりてくるので、それまで先方に何とか廻して貸してやつてもらえないかね。絶対迷惑はかけん、頼む。先方も金に困つておられるから」等と述べ、原告への融資金の借入れを懇願した。原告は当初から一カ月後に資金を入手する予定でもあり、融資申し込みに際し親切に手続をしてくれたこともあつて、訴外長谷川の言葉を信用しその申出を応諾した。

3  原告はその足で訴外長谷川から受領した県保証の書類等を持つて午前一一時ころ、訴外中京相互銀行常滑支店へ行き、貸付係のところで借用金証書等の必要書類を作成したうえ持参した書類を提出し、約一時間後の午後零時ころに利息等を差引いた借入金、現金二八八万四〇一一円を受領し、そのまま被告市役所商工課に向かい、午後零時三〇分ころ同所に着いた。

訴外長谷川は原告を見るとすぐ席から立ち上り一階ロビーに連れ出し原告より前記借入金の内金二八八万四〇〇〇円を中京相互銀行名の封筒入りのまま受領し、これと引き換えに、同訴外人の職名の記載ある名刺の裏にボールペンで「借入証、金弐百九拾万円也、上記の金額を都合に依り昭和五二年一一月一四日まで確かに借受けいたしました。昭和五二年一〇月二六日北岡宜親殿長谷川弘」と記載し、その名下に同訴外人の印鑑が押捺してある借用証を原告に交付した。

4  しかし、他に融資申し込みをして訴外長谷川が手続を忘れたために保証が遅れて困惑している者などおらず、訴外長谷川が虚言を弄して借財名下に原告より前記金員金二八八万四〇〇〇円を騙取したものであつた。

前記甲第四号証中の、原告と訴外長谷川の金員授受は同訴外人の職場である経済部商工課振興係の窓口でなされたとする部分は、右認定に照らしたやすく措信し難く、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

三原告は訴外長谷川の前項認定の行為は、被告の前記信用保証委託申込の斡旋業務の執行につきなされたものであると主張する。

1  そこでまず被告の右斡旋業務及び訴外長谷川の職務権限について検討するに、<証拠>を総合すれば、被告の本件商工業振興融資制度における受託業務は、申込者から必要書類の提出を受け、その内容について主に法定の納税がなされているか否かを中心とした実態調査をなし、信用保証の可否についての意見書を付して申請書類を訴外信用保証協会へ送付し、申込者が同協会から信用保証を受けることの斡旋をなすものであること、右業務は被告の経済部商工課の所管であり、訴外長谷川は同課職員としてその窓口業務及び前記実態調査をなし、右商工課長の決済に関する補佐を内容とするものであつたものと認めることができ、他に右認定に反する証拠はない。

2  右認定に照らすと訴外長谷川の前認定の原告よりの本件金員借受けは同訴外人の職務の機会においてなされたものではあるが、同職務の執行につきなされたものとはいえないところ、原告はその請求原因3(一)(二)のようにるる主張するので更に検討する。

前記二認定事実及び<証拠>を総合すれば原告主張事実の内、(一)訴外長谷川は原告とすべて被告の市役所施設内で面談しており、(二)同訴外人が原告と知り合つたのはその職務である前記斡旋業務の受付事務を行なつた際のことであり、(三)同訴外人はその職務行為として原告を、被告市役所施設内に二回電話をして呼び出していること、(四)同訴外人が本件借受け行為をなすに当つては、自分個人のために金を貸してくれと言わずに、「もう一口、県保証で頼まれた書類の提出を忘れて遅れてしまつた。これもあと一週間か、一〇日もすれば確実におりてくるので、それまで先方になんとか廻して貸してやつてくれないか」と述べていること、(五)又同訴外人は昭和五二年一〇月ころには通常ならば訴外信用保証協会が保証委託の承諾をする場合、申込者に葉書を郵送して融資の保証の通知をすべきところ、右信用保証協会から直接葉書を受け取つてこれを申込者に手渡すなどの行為をしていたこと、更に同訴外人は、経済部商工課課長補佐の地位にあり部下五名の指揮監督をしていたこと、(六)同訴外人が本件騙取行為に際し原告に交付した預り証は、同訴外人の職務上使用していた係長の肩書付名刺に書かれていたものであること、をそれぞれ認めることができ、右事実によれば、原告が訴外長谷川の本件金員借受け行為が同訴外人の斡旋業務の一環としてないしはこれに密接に関連する業務としてなされたものと信じたものと首肯しうる。

しかしながら、被用者の行為が、使用者の事業の執行につきなされたものであると言いうるためには、当該行為が、使用者の事業の範囲に含まれるかそれと密接に関連するものであること、使用者の事業活動の中での被用者の本来の職務行為と少なくとも密接に関連するものであり、かつ被用者の当該行為の外形から観察して、一般人が被用者の職務範囲内の行為に属するとみることができるものであること、を必要とするものと言わねばならず、単に当該被用者の行為がこれによつて損害を受けた者から主観的にみて、被用者の職務と一環するものないしはこれと密接に関連すると信じられることをもつて足りるものとすることはできない。

しかるところ、被告の前記斡旋業務は前記のように、単に斡旋をなすにすぎないものであり、保証あるいは融資の決定といつた実質的な権限を有せず、まして融資金の借受け貸渡しの権限を有せず、したがつて、被告の経済部商工課振興係の係長の地位にあつた訴外長谷川に右各権限がなかつたことはいうまでもなく、いかに解しても、同訴外人の本件借受け行為が同人の本来の職務行為の範囲内であるとかこれに密接に関連するということはできない。のみならず、同訴外人の右借受け行為をみると自己の職場を離れて一階ロビーの所まで行き、原告から渡された金員入りの封筒を、自己の名刺の裏に金二九〇万円を借用する旨を記載した借用証を交付するのと引き換えに、受領することによつてなしたものであるところ、右状況に照せば、前記原告主張事実一切を考慮しても、訴外長谷川の本件借入れ行為は使用者たる被告の事業範囲の点、被用者たる同訴外人の本来の職務範囲との関連性の点、本件借入れ行為が外形的に被告の職務範囲内の行為と見うるかの点、のいずれからしても、公共団体としての被告、常滑市のなす金員借入れ行為であり、訴外長谷川の職務上の行為に属すると認められる外形を有するものとは言えず、訴外長谷川の本件騙取行為は民法七一五条一項の被告の事業の執行につきなされたものではないから、被告に同条の責任を認めることはできない。

四以上によれば、その余の点について判断するまでもなく、原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官浅野達男 裁判官駒谷孝雄 裁判官櫻林正己)

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